グルは良いね。
2007 / 06 / 08 ( Fri ) 我が家の雌犬・グル(前出)は相変わらず一日中、ぐうたらぐうたらしています。
唯一の楽しみはマンマ(ご飯)を食べることみたいです。今朝もソファーの上で寝そべって、私や夫が何か美味しいものを食べるのではないかと様子を探っていました。 抱きかかえて「心配せんでもグルに黙って飯を食べやーせんよ」「グルは何も考えんで、いいね」「選挙のことも考えんでいいね。羨ましいわ」と言ってやりました。 グルは「ふうーん」と応えました。ネコの手もイヌの手も借りたいわ。チラシの一枚でも配ってくれるといいのに |
勝利したい
2007 / 06 / 07 ( Thu ) 新潟市が政令市になって最初の市会議員選挙で、新社会党新潟県委員長の小林よしあきさんが見事に三選されました。6月3日、講演会の皆さんが『小林よしあきを励ます会』を開催されました。離れていますけれども広島から伺わせていただきました。小林さんご夫妻はもとより支援者の皆さんの努力の賜物であって、皆さんは美酒を酌み交わしながら選挙中のエピソードや小林さんへの期待を述べていらっしゃいました。
私は1973年、27歳のとき熊野町の町会議員補欠選挙(一騎打ち)に学生運動も労働運動の経験もない主婦がわからないまま立候補したのが始まりでした。相手の保守系候補は4700票、日本社会党の私が2700票で大負けの選挙でした。 当時、広島・安芸郡区には全日通出身の県会議員で奥日出男さんがおられ、何かと選挙のことを私に教えてくださいました。奥日出男さんは長年県議をされましたが、選挙上手な方で負けられた選挙は一度もありませんでした。何度か「くりちゃんよー、選挙言うのはオリンピックとは違うんでー、勝たにゃーにけんのんで・・・」といわれたことを覚えています。 私自身この10年間、日本社会党が無くなり新社会党で2回の負けた参院選を経験し、応援してくださった方々に申し訳なく思いながら生きてきました。私個人の力は微々たるものかも知れませんが、「憲法9条改憲阻止」を訴えて勝つ選挙ができるよう頑張りたく思います。 |
仲間がいることの幸せ
2007 / 06 / 06 ( Wed ) 5月28日、『9条ネット』で闘う予定候補者の記者会見が国会内の記者クラブで行なわれました。お忙しいなか、呼びかけ人の皆さんも同席してくださり感謝しています。
予定候補者の皆さんとは初めてお会いする方が多いのに、ずっと以前から顔見知りであったようなな感じでした。私一人ではなく、仲間がいることで心強く元気が出ます。 安倍首相がいずれ仕掛けてくる改憲国民投票では、護憲派が勝利しなければなりません。その前哨戦としてこの参議院選挙を位置づけ、「戦争のできる国にはさせない」「子どもたちや孫たちに平和な社会を引き継がせたい」「国の形を変えさせてはならない」と訴え、『9条ネット』をしっかり売り込んで回ります。 |
夜回りの会
2007 / 05 / 25 ( Fri ) 5月23日、『夜回りの会』(野宿労働者の人権を守る広島夜回りの会)に行きました。
冬場は毎週ですが、今は2週間に一回だから少しは楽です。いつものように広島市民球場周辺〜ハノーバー公園〜県立体育館周辺を回りました。昨夜は医療生協の方とか広大や県立女子大で福祉を専攻している学生たち10人が「勉強させてください」といって、手伝ってくれました。10数人がぞろぞろ行けば、野宿者に拒絶されるのではないか? 少し心配したものの受け入れてもらってほっとしました。 この地域は2週間前、26人であった野宿者が昨夜は34人に増えていました。政府が言うように景気が良いというなら野宿者は減少するはずなのに、彼らにできる仕事は無いとでもいうのでしょうか。(別に仕事の選り好みをしているとは思えませんが)野宿者は一向に減少しません。 もう、マー君はいません。 丁度、1ヶ月前、ホームレスをしていた通称・マー君(27歳)が市民球場傍の相生橋の上から満潮の大田川に転落し溺れて亡くなりました。私たちもマー君の仲間も「あんなに優しい、青年がなぜ?」と悲しみました。昨夜はマー君が必死にもがいて、たどり着こうとした河岸に私と黒田さん、シスター・天野の3人で小さな花束をたむけマー君の冥福をお祈りしました。 私は選挙運動のため6月、7月の2ヶ月間、『夜回りの会』お休みさせていただくことにしました。 |
おいで! 大好きなご馳走があるよ。
2007 / 05 / 24 ( Thu ) 今年も我が家の庭には沢山の甘いさくらんぼが真っ赤に実りました。幹の太いところは直径12〜13センチ、高さは3メートルくらいあるでしょうか。
15年位前、夫が杖ほどのさくらんぼの木を購入して植えました。何年たっても花ひとつつけないので、切り倒してしまおうかと思っていたところ、6年前、花が咲き、実を付けました。切り倒さなくて良かったと喜んだものです。次の年からは毎年、沢山の実をつけるようになりましたが、私たちの口にはあまり入らず大部分をヒヨドリに食べられていました。ヒヨドリはどこから仲間を呼び寄せてくるのか、朝うす暗い内から10数羽が入れ代わり、立ち代りやってきてはにぎやかについばんでいました。数日間で一粒残らず食べられてしまうことが数年間ありました。ここ数年前からヒヨドリには悪いと思いながら、近所の方に手伝って貰い、さくらんぼが色づき始めると防鳥ネットをかけるようにしました。ヒヨドリは来なく人間さんがしっかりいただきます。 今年もさくらんぼが熟れ始めるのと同時にヒヨドリがやって来ましたので、夫が近所の方の手を借りて、一階の屋根に上り木をネットで覆いました。残りはヒヨドリに「もうネットははずしたからおいで、大好きなご馳走があるよ」。ヒヨドリさん少なくなってごめんなさいね。 また、来年おいで。 |




